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新選組、出動! ~龍馬の伏見をめぐる その3~  [鳥羽・伏見]

 節分の日の話をまだ書いてる新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ。

 一昨日、くら寿司で酔っ払った帰りに、こんな本を買いました。


殴り合う貴族たち (角川ソフィア文庫)

殴り合う貴族たち (角川ソフィア文庫)




 平安時代って、平安じゃない大変な時代だ~と、つくづく思う。今の感覚でいうと、ありえないことが多すぎて、興味はありますが……。




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新選組、出動! ~龍馬の伏見をめぐる その2~  [鳥羽・伏見]

 隣町でモリーニョが赤ら顔で歩いているところを発見との報を受けた新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ。

 どうも、隣町のCoCo壱番屋でイカカレーを食べながらビールを飲んでいたらしい。

 皇潤が必要なほど膝が痛い、と普段から言っているので驚きです。

 意外と元気なのか、それとも膝が痛くても片道2kmくらい「屁」とも思わないくらい無類のカレー好きなのか、謎です。


 鯖カレーでも喰っときやがれ! 






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新選組、出動! ~龍馬の伏見をめぐる その1~ [鳥羽・伏見]

 ご無沙汰してます。

 新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ。

 PCが置いてある部屋があまりに寒いので滞りがちです。すみません。

 ジャイは元気です。





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初詣! ~石清水八幡宮~ [鳥羽・伏見]

 先日、一族で石清水八幡宮で初詣しました。

 新撰組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 久々の幕末スポットです。

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九度山行けず…。代わりに寺田屋 [鳥羽・伏見]

 子供の頃から好きだった英雄。

 平将門、源義経、楠正成、上杉謙信、そして真田幸村。

 今日、晴れてたら九度山に行こうと思い、5時に起きると、空がどんよりしてたんで諦めた新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 アマゾンで頼んでた本が、今日、届いたんで行かなくてよかったかも。

戦況図録関ヶ原大決戦

戦況図録関ヶ原大決戦

真田幸村と大坂の陣―家康を震撼させた猛将の戦い

真田幸村と大坂の陣―家康を震撼させた猛将の戦い

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 学研
  • 発売日: 2006/02
  • メディア: 単行本

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城南宮 ~伏見の名水を探して 3~ [鳥羽・伏見]

 新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 伏見の名水を尋ねて、次に訪れたところ、それは、菊水若水の「城南宮」!

 この当時の雰囲気を残さない神社も、実は、鳥羽・伏見の戦いで、薩摩軍が、布陣したところなのだ!

 ただそれだけです。

 

 この秋、熊野古道へ武者修行へ行くたくいた。

 この城南宮は、その熊野詣での出発前に、安全を祈願するため、七日間ここで身を清めたそうである。

 

 おお!まさに、熊野古道へ行く我らにとって、偶然とはいえ、出発点に着たわけだ!

 燃えてきたゼィ!


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藤森神社 ~伏見の名水をたずねて 2~ [鳥羽・伏見]

 待たせたな!

 俺が、新選組副長助勤のたくいただ!

 伏見の名水をたずねる話に戻そう。

 久々の新選組のゆかりの地を訪ねます!新選組ファンの皆様、本当に、待たせたな!しかし、京都における新選組をめぐる旅は、あと少しで、ほとんど訪れたことになる。幕末スポットを紹介する当ブログの役目も果たしつつある。

 その伏見の名水スポットの一番にも書いてあるのが「藤森神社」!なんでも「不二の水」というらしい。二つとない名水なんでしょう!

 勝ち運と馬の神社で有名らしいです。ちなみに、たくいた一族がよくいく「石清水八幡宮」も勝ち運の神様です。

 まず鳥居。この鳥居には、額が飾られてません!

 この鳥居には、元々、後水尾天皇が書かれた額があったそうです。江戸時代、この藤森神社は、西国大名の参勤交代の通り道にあり、大名が籠から降りて拝礼し、槍もたおして通らなければならなかったのです。

 しかし、幕末、そんな悠長なことやってられない!と新選組の近藤局長が、額を外させたといいます。そうだ!まさしく当時の京都は、それほど緊張した状況下に置かれていたのだ!

 境内を歩いていると「いちの木」さんがある。

 この切り株こそ、腰痛に効くというので、近藤局長がお参りしたというのは有名な話である!

 

 あと、この神社から丹波橋の間らへんで、近藤局長が伊東甲子太郎の高台寺党の残党に狙撃されたのです。


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樟葉砲台跡 ~たくいた、橋本で迷う Ⅲ~ [鳥羽・伏見]

 今日、念願の「天然理心流」のDVDが届きました。今晩から、早速、練習しようと思います。そんな新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 樟葉砲台跡。石碑には、「橋本砲台跡」になっています。

 元治元(1864)年、徳川幕府は大阪湾から京都に侵入する外国船に備えて、淀川左岸のここ楠葉と右岸の高浜(島本町)に砲台(台場)を築き、翌年には楠葉関門を設けた。慶応4(1868)年の鳥羽・伏見の戦いで、薩長軍を中心とした官軍は幕府軍を撃破したが、高浜砲台を守っていた津藩藤堂家は、幕府軍の不利をみて官軍に内応し、小浜藩酒井家が守る楠葉砲台に砲撃を浴びせた。これにより、淀川を挟んで両台場は交戦することとなった。楠葉台場は、伏見、淀から敗走した幕府軍で混乱を極め、台場の守備兵は砲弾を撃ちつくしたのち、砲を破壊して退去した。久修園院の南西方に砲台跡の土塁が残っていたが、明治末期の京阪電鉄の敷設に伴い土砂は運び去られた。なお両台場に設置されたのは、カノン砲4門であったと考えられている。

 という説明書きがあったので、そのまま写します。

 ここに来るのに、道に迷い、橋本と樟葉を行ったり来たりしました。。

 道に迷われた方は、樟葉でここのことを聞いてください。橋本の人にお尋ねしたら、「樟葉じゃないから、わからへん。」と言うてはりましたから。

 樟葉は大坂。橋本は京都やもんな・・・。

 宇治市民の僕も、お隣の城陽市のこと聞かれたら、答えられへんもんな・・・。

 

 ちなみに、昨日書いた久修園院の近くです。


久修園院 ~たくいた、橋本を行く Ⅱ~ [鳥羽・伏見]

 暑い。

 最近、座禅をすると、時々、意識が飛びそうになります。そんなちょっとしたトリップ感がやめられない今日この頃。

 危険かも…。

 「射鵰英雄伝」的にいうと、「内向」を鍛えてるんです。多分。

 そんな新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ。

 

 橋本の駅を下っていくと、田んぼが見えてくる。その田んぼの真ん中に建っているのが、「久修園院(くしゅうおんいん)」。

 ここは、鳥羽・伏見の戦いの際、東軍の本営が置かれたところです。

 

 井上泰助さんが、千両松で戦死した井上源三郎さんの首と刀を持って退却したそうなんですが、11歳くらいの男には、とても重く、八幡のお寺の前に、源さんの首と刀を埋めたそうなんですが、このどこかに未だに源さんは、眠ったはるのかな、と思うと、不思議な感じでした。

 


西遊寺 ~たくいた、橋本へ Ⅰ~ [鳥羽・伏見]

 今日、「テレビのチカラ」の本田さんが、心臓移植の為、渡米する日だったと思う。うまいこと手術を受けれて成功すればいいのにね!

 新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ。

 

 京阪淀駅から二駅、淀屋橋方面(大坂方面)へ行くと「橋本駅」があるので、下車。

 ここ橋本は、淀で敗走した東軍が、引き揚げた場所だったと思う。

 またここで新選組の監察 山崎烝さんが戦死したともいわれています。

 

 橋本駅を出て、すぐ目の前に、「西遊寺」がありました。

 ここは、幕府軍の弾薬庫として使われたらしいです。

 

 西遊寺。今では、幼稚園になってました。

 あの当時は、弾薬庫。現在は、幼稚園…。

 世の中、平和になったな~。この平和も、当時、同胞達が、血を流した上に成り立っているんだと、改めて感じました。


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