So-net無料ブログ作成

新選組副長助勤たくいたのみちのく紀行 仙台 ~新選組総長 山南敬助さんを想う~ [仙台]

♪♪南かなこのお出かけキャンペーン♪♪
木曜日担当の南かなこがレコード店の前で歌います。
司会はもちろん原田アナウンサー。
是非、お越しください。
日時;2005年6月16日 木曜日
   午後4時30分~5時
場所;十三のレコード店「恵比寿堂」

 もちろん、屯所の改装で、仕事お休み中の新選組副長助勤たくいたも参戦しますとも!
 ラジオ大阪のイベント情報でした~。

  サンバ サンバ~♪  居酒屋~サンバッ!!

 失礼こきました。新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!
 江戸での研修で、「誠」を愛する同志が増えて、それも収穫の一つでした。
 義経紀行は、「京都巡回日誌」に書いてるので、義経ファンは、そちらへどうぞ!ここでは、それ以降の仙台、会津若松を書きます。

 最初、研修終えて夜行バスで、奥州・平泉に入り、その次の日、厳美渓を観光してから、会津入り!という予定だったんですが、厳美渓まで、初日に見終わってしまい、時間が空いてしまいました。。。

 仙台で、青葉城見て、牛タン定食食べて、山南さんの故郷を想うしかない!
 との結論に達し、東北新幹線で、一関から仙台へ。

 山南敬助。
 天保四年(1833) 奥州仙台の伊達陸奥守元家来で、剣術師範を務めた山南家の次男に生まれる。十代で、江戸遊学。北辰一刀流免許皆伝!
 近藤局長との立ち合いに破れ、試衛館の門人となり、多摩への出稽古にも出かける。
 性格は、温厚で親切だけど短気(この辺は、僕と一緒!)。「親切者は山南松原」というくらい親切!しかし、八・一八の政変の時、先鋒を務めるのに、軽装だったのに怒ったり、相撲とりと乱闘騒ぎになったとき、熊川熊次郎を斬ったり、浪士組が京都へ向かう際、上長の態度が悪いとキレたり、気短いのは、短かったみたいです。その後、池田屋騒動にも。禁門の変にも参加せず…。
 西本願寺への屯所の移転問題で、脱走。大津で、仲の良かった沖田総司さんに捕まり、連れ戻される。その後、元治二年(1865)三月二十日、切腹。行年33歳。このとき、出窓越しに、恋人明里との逸話は有名。

 さくっと説明しましたが、このたくいた、新選組で誰が一番好き?と尋ねられれば、「山南敬助」と答えています。
 山南さんが、もし生きてたら、新選組はどうなってたんやろう?

 そんなこと考えたりしてます。
 土方さんは、時流を読んで動くというより、もっと戦術家的な感じがするし、伊東は、時流が読めたけど、新選組を利用しようとしてただけの奴ですから。近藤さんの近いところで、山南さんの時流を読む力が活かされてたなら、どうだっただろう!?流山で、それでも局長は捕らえられたのか?なんて考えたりしてしまう…。
 光縁寺にある山南さんのお墓が、「無念墓」なのを想うと、もっと新選組で頑張りたかったんやろな~と思わずにはいられません。
 そんなこと考えながら、仙台の基礎知識が、「山南さんの出身地」「青葉城」「牛タン」「伊達政宗」「会津を後にした土方さんが榎本さんと合流したところ」「楽天」しかなかったので、とりあえず伊達家のお墓「瑞鳳殿」にお参りに行きました。

 ここは、結構、圧巻でした。やるな!独眼龍。

 その後、青葉城へ。
 ここで、牛タン定食を食べて、仙台を眺める。
 BGMは、おじさんが、バイオリンで奏でる「荒城の月」

 暗なってもうたわ…

 
 正月の土方さんのドラマの舞台になること間違いなしの「仙台」!
 皆さんも行って、予習してください!
 
 
 
 


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。