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一心寺  [大坂]

 しかし今月は、行きたい神社には行けたし、会いたい友人には会えたし、最悪な状況と最高な状況と、両方やってきた一ヶ月だった。

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大坂城、入城! [大坂]

 昨日の日曜日。

 天気予報は「雨」やったのに、家を出ると「晴」!

 なんか得した気分になるね~♪

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 最近、「BESTYO」と「かなこのはじめてのアルバム」を日替わりで聞いてます。

BESTYO

BESTYO

かなこのはじめてのアルバム(DVD付)

かなこのはじめてのアルバム(DVD付)

  • アーティスト: 南かなこ, 下地亜記子, 川村栄二, つつみりゅうじ, 山田良夫, 高田ひろお, 南郷達也, 吉幾三, 荒木とよひさ
  • 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 2006/01/01
  • メディア: CD

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大坂の休日 1 [大坂]

 昨日は、『笑傲江湖』のDVDを、ぼ~っと見てました。新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 今やっと、16話です。

 結構、しっかりドラマ観てたつもりだったんですが、忘れていたり、見逃していたりしてたんで、よかったです。

笑傲江湖 完全版1

笑傲江湖 完全版1

 

 今日は、大坂で遊んでました。

 大概、ラジオ大阪のイベントで、大坂に行くか、京橋付近で、新選組ゆかりの地を歩くかくらいしか行かないので、知らないところばっかりなんです、大坂。

 今日は、東大阪の八戸ノ里にある「司馬遼太郎記念館」に、お邪魔しました。

 司馬遼太郎氏といえば、新選組ファン御用達の「燃えよ剣」、薩摩隼人御用達の「翔ぶが如く」、坂本好き必携の「龍馬がゆく」で有名なんですが…

燃えよ剣 (上巻)

燃えよ剣 (上巻)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1972/05
  • メディア: 文庫

新選組血風録

新選組血風録

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1999/11
  • メディア: 単行本

 僕も、それほど読んだわけではないので、伍長森くんの

 「司馬遼太郎記念館に行かへん!?」

 という提案は、10分くらいで腹一杯になったりして?という恐怖感がありました。だって、家の敷地に、資料館って、スケールが小さそうやってんもん!

 しかし、行ってみたら感動でした。

 庭から、いきなり書斎が見えるんですが、すごいです!なんか、こんな僕でも、小説書けてしまうかも~(無理です)みたいな立派な書斎。

 その脇を抜けていくと、宇治市の図書館よりすごいんちゃうの?という立派な図書館みたいな記念館が…。正直、凄いです!

 司馬遼太郎氏の小説の一言一言に、説得力があるのは、あれだけの資料から生まれた言葉だから説得力があるんです。僕のような、いい加減な一言じゃないんです。

 途中、小学生の子供に宛てた、司馬氏のメッセージが展示されてるんですが、大人の僕が読んでも感動しました。

 資料館の天井に、坂本龍馬に似たシミができてるのが、何か因縁めいたものを感じて、また熱くなりました。

 こういう感動したときに、本なんか販売されたら、買ってしまいます…。

街道をゆく〈33〉奥州白河・会津のみち、赤坂散歩

街道をゆく〈33〉奥州白河・会津のみち、赤坂散歩

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞
  • 発売日: 1994/02
  • メディア: 文庫
 こんな本買った日にゃ、また会津に行きたくなるやん~!!
 
 その後、NOBさんのブログで知った、日本橋にある「上海新天地」という中国のショッピングモールへ向かいました。
 ここは、中国の雑貨、食品、そしてCD・DVDなんかが置いてあって、見るだけで楽しかったです。
 許晴姉さんのDVDを探してたんですが、見つからず…。僕は、ここでテンションが下がってしまい、ひたすらジャスト・ルッキングしてたんですが、伍長森くんが、『射鵰英雄伝』の黄蓉役で有名な周迅ちゃんのCDを買ってました…(え!?たしか、君、リュウ・イーフェイちゃん、可愛いって言うてたやん…)。
 小悪魔ちゃんの黄蓉を、見事に演じきった小悪魔ちゃん女優の周迅ちゃんですが、森くんが買ったCDのジャケットの周迅ちゃんは、表紙は、小悪魔ちゃんなんですが、裏面は、小悪魔というよりゴーゴンです…。
 しかも、抱き合ってた男が、裏面では、荷物片手に逃走してます…。
 しかも、ゴーゴンみたいな頭で追いかけてる周迅ちゃんなんですが、半笑いなんです…恐っ!
 これでは、ただのストーカー女じゃないですかっ!?
 エ~ン こんなの、僕の知ってる周迅ちゃんじゃな~い…(号泣)
 この展開は、収録曲に関係があるんでしょうか?それとも、ジャケットの中の歌詞カードに、秘密が隠されているんでしょうか…?
 森くんのレポートを待ちたいと思います。
 
 でも、中国語分かったら、もっと面白いんやろな~!
 よ~し!がんばろう


万福寺 ~新選組 大坂屯所~ [大坂]

 今日から新年度!
 しかし、今年度の僕のラジオ生活は、結構厳しい!ラジオ、冬の時代到来だ…。
 ラジオ大阪の「カンカン歌謡曲」が終了し、高岡美樹さんは、5日から3日。女優あだち理絵子さんは、ラジオなくなる(ドラマで活躍予定!)。
 アルファステーション(FM京都)は、久米村直子さん週末だけ。慶元まさ美さんも週一本。
 KBS京都は、「ほっかほかラジオ」が一時間早まり、あんまり聞けないことに…。おまけに、島崎鮎美さんも真木ひろかちゃんも進級…。

 そんな感じの新選組副長助勤たくいたのブログへ、まいど!

 昨夜は、花粉症が酷くて、一睡もできんかった…。

 今日は、新選組大坂屯所! 万福寺です!!
 新選組の屯所といえば、壬生や西本願寺、不動堂村、伏見奉行所が有名だが、この浪花の街にも、新選組の屯所があったんです!もっすご小さいですが…。もっすご周り、ラブホばかりですが…。天満橋から歩いて、コーヒーでも飲も、思たら、喫茶ありませんが…。こんなとこに屯所作りやがって!?

  谷、しばく!

 ここは、谷三十郎やその弟万太郎が立ち上げました。三十郎は、副長助勤で七番組長だったので、京都での仕事が多いので、実質、弟の万太郎がこの屯所の責任者でした。この弟の万太郎は、兄三十郎より槍の腕がいい!と、もっぱらの評判です。
 本堂には、隊士が20人詰めることができました。本堂裏には、二畳と三畳の板の間にある納屋を改造して、牢屋を作り、大坂の不逞浪士をぶち込んだらしいです。ここで、儒者の藤井藍田を槍で突き殺したといわれています。

 有栖川宮一品親王の位牌を壊したり、檀家の人たちを怒鳴りつけたり、粗暴な振る舞いがおおかったらしいです。

 井上源三郎さんの兄 井上松五郎さんが、八王子千人同心で将軍上洛の際、弟の源三郎さんに会いに、ここに立ち寄ってはります。源さん不在で会えなかったそうですが。

 ここからは、天王寺とか近いんで、浪花の風情が楽しめます。


大宝寺・源聖寺坂 ~大坂の新選組の宿~ [大坂]

 今日は、自分のご先祖様のお墓参りに行ってきました。
 人のお墓参りばかりしているのに、自分とこ行ってなかったのが、常に心の片隅に残っていたのですが、今日行けたことで、気分も爽快!です。
 でも、今日は特別、花粉も多くて、目が痒いです…。
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 昨日は、生國魂神社(通称”いくたまさん”)の説明を、半分しか理解できてない「桜田門外の変」の説明とともに書いたわけですが、今日は、くだけます。

 大坂の町を歩いていていつも思うのは、
 「景観とか、そんなん関係ない街なんだな~」
 ということです。どういうことかというと、通学路を歩いていて、突然、ラブホ(ラブホテル)が、デ~ンって建ってたりします。普通、学校から何百mは、そういう風俗関係のお店の出店はできない!とか条例あるはずなんですが…。これも、文化遺産をあんまり残さないっていうのと、何か関係あるんでしょうか!?正直、驚きます。

 谷町をずっと歩いて、生國魂神社を目指して、右折すると、生國魂神社やその付近に数多く建っているお寺を、囲碁の如く囲んでいる沢山の「ラブホ」!

 新選組は、いつも命懸けの仕事!死番になったら、それこそ一日ビビりたおし…。そんな状態で、生還して帰ってきた隊士を、このラブホに囲まれた大坂屯所に帰ってくれば、ムラムラくるのは必定!また、ここは、三十石船が着く八軒屋船着場からは遠い!ま、当時は、なかったと思いますが…。

 真剣に思いました。

 谷しばく!!

 
 今日、書く大宝寺は、大坂にやってきた新選組の隊士たちの宿になってました。この裏にあるのが、明日書く予定の新選組大坂屯所の「万福寺」です。
 新選組は、家茂公と共に下阪することが多いので、何度もここに泊まったのかもしれません。
 この大宝寺の横の階段は、「天王寺七坂」の一つ「源聖寺坂」です。この坂は、下から見上げると、結構趣きのある石畳の階段です。
 上から見下ろすと墓地が沢山見えるので、ちょっと…。
 源聖寺坂の名前の由来は、この坂と松屋町筋が面しているところに源聖寺という寺があるので、この名前がつきました。

 場所は、生國魂神社のすぐ近くです。


生國魂神社 (いくくにたまじんじゃ) [大坂]

 今日は、サッカー、バーレーン戦!気合入れて、応援するぜ!さっきテレビ見てると、北朝鮮に対して、好意的な実況にびっくりしてしまう。
 現状では、北朝鮮は敵国やんけ!
 マスコミの、隣国やから、仲良くしよう!という安直な姿勢に、おかしいんちゃう!?と疑問を感じる。イランなんか、アメリカは敵視してるけど、日本とは友好国やからね。
 アウェイで、北朝鮮行って、ボロ勝ちしてもらいたい。

 熱い出だしで始まりました。新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 今日は、生國魂神社です。ここは、上方落語の始祖 米沢彦八の名を後世に残すため、「彦八まつり」で有名な神社です。僕がよく聞く、明日が最終回のラジオ大阪「カンカン歌謡曲」の笑福亭由瓶さんも、去年、このイベントのお手伝いされたそうです。去年は、鶴瓶さんと明石家さんまさんがこられて、大変な盛り上がりだったとききます。でも、この神社の門前にある石碑が、今日はメインなんです。 

 幕末って、日本人が日本を強く意識した時代だ!
 ペリーの率いる黒船という外敵の前に、日本国民が、それも今の僕と変らない年の青年達が、血と涙と汗で、守りきった国なのだから。

 ペリーが来て、日本は、天と地がひっくり返るような騒ぎになる。幕府も、何も決められない。結局、大老の井伊直弼と老中の阿部正弘しか、判断できる人間がいなかった。結局、攘夷なんて現実的に不可能と考えた彼らは、朝廷の勅許なく開国に踏み切りました(日米修好通商条約)。
 そして井伊直弼は、反対派を弾圧(安政の大獄)。将軍継嗣問題では一橋慶喜擁立した梅田雲濱や頼三樹三郎や日米修好通商条約に反対した吉田松陰らを捕らえ処刑する。
 井伊は、水戸に下された勅諚の返納を迫り、水戸への弾圧を強化したため、水戸浪士 高橋多一郎、金子孫二郎、薩摩浪士 関鉄之介らが、万延元年(1860年)三月三日、江戸城桜田門外で、大老井伊直弼を暗殺します。
 この桜田門外の変に際し、大坂での連絡役だった水戸藩士川崎孫四郎が、桜田門外の変後、大坂で挙兵をはかり、幕吏に終われ、万延元年三月二十三日、ここで自刃しました。
 その隣には、笠間藩士 島男也(おなり)の住居跡の石碑があります。この島は、常陸出身の国学者佐久良東男と義兄弟の契をむすんだ剣術師範で、川崎孫四郎を匿っていたが、幕吏に捕らえられ、江戸に送られた。その後、江戸・伝馬町にて獄死。

 しかし、バーレーンの国旗って、あと白抜きで「誠」って書いたら、完璧やな~。

生國魂神社への行き方
 地下鉄「谷町九丁目駅」徒歩5分くらい。
 
 

 
 

 

 


天神橋 ~新選組が大坂西町奉行与力 内山彦次郎を暗殺したとされる場所~ [大坂]

 今日も、花粉症で眠れず…。
 辛いけど、今週が、ピークらしいので(関西)、耐えます。「忍」の一字で…。
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 今日は、新選組が大坂西町奉行所与力 内山彦次郎を暗殺したとされる「天神橋」です!
 なぜ断定しいひんの?という声に答えますと、本当は、事実が解明されたわけでなく、謎が多いんです。土佐の中島作太郎らの犯行という説もある。
 
 「蜆橋」で力士たちと新選組が乱闘したことを書きました。その届出を、新選組は、大坂東町奉行所と京都守護職にしています。でも、内山彦次郎は、西町奉行所。接点が無いんです。内山が東町奉行所で働くか、新選組が西町奉行所に届けていたら接点あるんですが…。

 新選組と大坂町奉行は、立場が違うんです。新選組は、「京都守護職御預かり」なんです。ここが大きい。京都守護職というのは、京都の治安維持(特に御所の治安が大事!)と畿内において緊急時、武力行使できる権限を持っているのです。もっと言うと、京都守護職は、関西での軍事と警察のトップで、その下に、京都なら京都所司代、京都町奉行があります。大坂なら、大坂城代と大坂町奉行がその下に入ることになり、町奉行の内山のかなう相手じゃないんです。
 大坂で、新選組が恐喝まがいの集金をしている!と、仮に大坂の豪商が、町奉行に訴えても、無視されるんがおちなんです。芹沢粛清後は、新選組も、京都守護職へ迷惑かからないように、政治献金という形で集金し、商人も、その見返りをもらうことになりますが…。

 内山彦次郎は、「大坂出生なのに、町人から賄賂などもらわない(大坂出生の者って、普通に賄賂もらうってこと!?大坂の役人は、今でも金に汚いわな!)、仕事に真面目な男」と評された男なので(大河ドラマ「新選組!」では、かなり悪役で登場してますが)、新選組のやり方が気に入らず、なんらかの形で抵抗したのかもしれません。って、仮に、新選組に暗殺されるなら、これしか理由が出てきませんが…。
 もしそうだとしたら、不正を許せず、民衆の為に立ち上がった大塩平八郎を死に追いやった内山彦次郎も、不正を許せず暗殺されたってことか…。

 皮肉だ…。

 新たな資料が出てくることを願う!

 
 


大坂西町奉行所跡 ~マイドーム大阪~ [大坂]

 月曜の雨っていうのは、普段、テンション低めの僕にとって、更にテンションを下げてしまう…。
 市中見廻りの時以外は、テンション低い目の新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ…。

 昨日は、激しく市中見廻りしていた新選組11番組でしたが、伍長森くんが、ふとこんなことを言った。
 「大坂って、史跡とか、あんまり残さんよね…。」
 と。確かに、ここ幕末紀行で、取り上げているもの、これから取り上げて行こうと思っているものを考えても、「生國魂神社」と「新選組大坂屯所」くらいじゃないだろうか…。後は、大概、石碑・石碑・石碑…。大坂城だって、昭和になって作りなおされたものやから。
 大坂っていう町は、観光資源じゃなく、商売でなりたっているところやからなんやろか!?と、ふと考える。

 今日は、大坂西町奉行所跡…
 ここも、実は、石碑だけです…。今は、マイドーム大阪になってます。
 ここは、会社の会議で、よく訪れます。去年、NHK大河ドラマ「新選組!」を見て、幕末スポットに興味を持つまでは、会議で訪れているここが、「大坂西町奉行所」だったとは、気付きませんでした…。
 歴史に興味を持つと、町歩きが楽しくなるね!

 新選組と大坂西町奉行所との関係は、ここの与力が、内山彦次郎である!ということです。

 この内山彦次郎、新選組によって「天誅(あんまり使いたくない単語やけど…)」されてしまうわけですが(新選組じゃない説もあり)、この男、大塩平八郎とも関係あったんです。

 大塩平八郎。
 つい最近「八丁堀の七人」にも、大塩平八郎の乱がテーマの回がありましたが(ということは、青山さまや仏田さんは、1837年くらいの江戸に活躍されていたのか…。知らんかった…。)、もともと大坂の与力で、内部(大坂西町奉行所の弓削)の不正を暴こうとしました。不正を調査して水野忠邦に報告しますが、その報告が握り潰されてしまいます。
 その後、隠居して洗心洞という陽明学を教える塾を作ったりした。
 大坂の商人たちが、米を買占め、値段が高騰して、民衆が苦しむ中、天保の大飢饉になったときは、奉行所に飢饉対策を願い出たりしましたが、町奉行所の跡部が、これを拒絶。
 大塩平八郎が、自分の本を売って、お金をつくり、一万人の民衆に、一朱ずつ分配したりします。
 それと同時に、治安維持を目的に武器を調達し、1837年2月19日 大塩平八郎の乱を起こします。民衆は、北船場の鴻池や天王寺屋、平野屋、三井など、先日紹介した辺りを襲撃!大坂の町の五分の一を焼き払うも、半日で、鎮圧されてしまう…。
 乱を起こす前日に、大塩についていた同心二人が裏切り、奉行所に密告したため計画が発覚した為、すぐに鎮圧されたらしい。

 大塩平八郎は、40日間、大坂の民家に潜伏していたのですが、役人に取り囲まれ、爆薬で焼死という方法で自害しました。この死体が、焼け爛れて、身元がはっきりわからなかったことから、大塩平八郎が生きている!という噂が、絶えなかったという。

 その潜伏していた大塩平八郎の発見で手柄を立てたのが、内山彦次郎だった…。

 しかし、大塩平八郎の乱を調べてると、この頃も今も、大坂って変わってないな~って思う。
 役人が民衆のこと考えんようになったら、終わりやな。

 ちなみに大塩平八郎は、大坂東町奉行所の与力でした。

 場所は、京阪天満橋駅下車。松屋町通りを南に歩いて7分くらいです。

 地下鉄で行くと、僕は必ず迷ってしまう…。
 


鴻池邸跡   [大坂]

 明日は、今月最初で最後の京都市中見廻りです。
 一応、金戒光明寺を中心に、三条界隈の不逞浪士達に、睨みをきかせてきます!
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 目がかゆい~
 喉痛い~
 鼻で息できひん~

 今日は、大坂随一の豪商鴻池さんの屋敷があったところです。現在は石碑が立ってます。
 昨日、紹介した平野屋さんの同じ道にあります。そう思うとこの地下鉄「北浜」駅界隈は、豪商の家が本当に多かったんですね! 
 そら、芹沢鴨や近藤局長の浪士組は、財政状態苦しかったので、ここに目をつけるわな~。

 昨日、平野屋さんでお金ふんだくって、隊服買いに行きましたが、芹沢鴨は、ここ鴻池邸でお金ふんだくって、高島屋に「隊旗」買い(?)に行きました。

 そういや、去年、京都の大丸で「新選組!展」やってたとき、僕がオダギリジョー君に間違われて、キャーキャー言われるんちゃうか!?と不安に感じながら行ったとき(「京都巡回日誌」参照)、隊服が展示されてたんですが、その説明に「当大丸が作ったといわれる隊服」と書かれてありました、って、なんで伝聞形やねん!?これは余談。

 芹沢が、山南敬助さん、井上源三郎さん、永倉新八さん、原田左之助さん、平山五郎、平間重助、野口健司らがやってきて、ここでは、200両をせしめてます。

 彼らに、鴻池が200両貸したのは、やはり「会津藩お預かり」の肩書きがあったからです。
 会津藩といえば、「京都守護職」。京都守護職といえば、必要とあらば、畿内で武力行使をしてもいい!という権限を持ってましたから、鴻池が奉行に訴えても、取り上げてもらえないんです!
 
 でも、このことが、会津藩の耳に入り、芹沢を呼び出し、
 「200両は、会津藩が用立てるから、この金を鴻池に返すように!」
 と、訓告したそうです。

 その後、芹沢が悪事に悪事を重ねて、会津公の顔に泥を塗っていったので、近藤局長らに「芹沢暗殺指令」がでるんですが…。

 それでは、今日はこれにて!

 明日は、見廻りだ!気合だーっ!!


平野屋跡 ~そして新選組は、隊服と隊旗を作った!~ [大坂]

 今日は、夕方から、読売テレビで「ステップ」というドラマがあり、そこで新選組11番隊のマドンナ「あだち理絵子」さん、出演されるそうです。楽しみだ~!
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 今日は、大坂の今福通りと八百屋町筋にあった平野屋跡です!そこは、今は小学校になってますが、当時は、平野屋や天王寺屋といった十人両替の店が軒を並べていました。そこで、「天五に平五、十兵衛横町」と呼びました。また、「天五に平五、二五 十人両替」とも称しました。今では、石碑が立ってます。今では、小学校になってます!同じ今福通りを西に行くと、政商「鴻池」の跡もありますが、これは後日書きます。

 新選組と平野屋さんの関係は…。
 浪士組が「会津藩お預かり」になった当初、近藤局長には、ある悩みがありました。
 「なんで、志士狩りをしても、効果が上らんねやろう?」と。
 そこで、筆頭局長 芹沢鴨に相談に行きました(相談する相手間違ってるよ~)。芹沢は、同じ制服を着て、市中見廻りすればいい!」
 と答えたといいます。答えはまともじゃないか!と思うのも束の間。芹沢鴨ですから…。

 文久三年(1863) 4月2日。芹沢鴨は、隊服を作る為の資金調達にやって来たのが、この「平野屋」でした。資金調達と言っても、ほとんど「恐喝」なのが、芹沢流。そこで金100両せしめて、大丸呉服店に向かいます。
 何故、大丸呉服店に向かったかというと、なんでも大丸の別名が「下村呉服店」といったそうです。芹沢の本名は、下村継次と言って、「下村」という苗字が一緒というところから、無理強いしたらしい…。お金チラつかせて、隊服注文して、代金は当然、踏み倒しました(芹沢、やっぱり最悪…)。
 そしてそのまま「高島屋」に行って、同じやり方で、「隊旗」を作らせました。ここでも当然、代金踏み倒しました…。
 や○ざより質悪い…。

 このとき作った隊服が、浅葱色に袖を山形に白で染め抜いたあの「だんだら模様の隊服」です。デザインは近藤局長が「赤穂義士」が好きだったことから、討ち入りの格好を真似したそうです。ただ、浅葱色は、田舎侍の色らしくダサかったらしいのと、京都の夏が蒸し暑く、隊服着るのがうっとしかったみたいで、あんまり定着しませんでした。
 わが新選組11番組が隊服を着用しないのも、このためです。これは余談。
 NHK大河ドラマ「新選組!」みたいな隊服やったらカッコいいから、着用されたかもしれません。

 隊旗の「誠」は、「言が成る」という意味で、武士は「言行一致」でないといけない!という意味です。

 しかし、こういう芹沢の集金方法を、芹沢粛清後の近藤局長も、真似してやっていたという…(泣)

 そんなやり方すれば、京・大坂で評判を落とすことは必定!
 
 
 鳥羽・伏見の戦いで破れて、大坂に退却した新選組が、平野屋さんに炊き出ししてもらった、ということもあったそうで、最初から最後まで、お世話になった場所が、ここ「平野屋」です。
 


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