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たくいた、泉涌寺へ ~完結篇 橋フェチと忠臣蔵~ [東山]

 ”あれっ!?今朝も、まだ寝違えた痛みがとれてない…。”

 バンテリンなしでは、生きていけない新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

新編忠臣蔵〈1〉

新編忠臣蔵〈1〉

  • 作者: 吉川 英治
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1990/10
  • メディア: 文庫

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たくいた、泉涌寺へ ~その5 泉涌寺へ、そして孝明帝の下へ~ [東山]

 昨日は、高校時代の恩師と吐くまで飲んでました。

 今日は、昼から、伍長森くんと大坂に行き、昼から飲んでました。

 そんな新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 こんなたくいたを、伍長森くんは、「野球のカラーで言うたら、隊長は、絶対、巨人の選手じゃありません!どっちか言うと、昔の近鉄バッファローズのカラーですよ!」と言われてしまいました。

 そんな呑んだくれちゃうぞ!森くん…。

 やっぱり呑んだくれかな…。

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たくいた、泉涌寺へ ~その4 泉涌寺へ 楊貴妃を想う篇 ~ [東山]

 こんなに給食費払ってへん親おんねんや!?

 給食費払ってないアホ達のために、真面目に払ってる子たちが、質を落とした給食を食べてるらしい…。

 ”金払ってない家のガキに、飯食わさんかったらええだけの話ちゃうの?”

 学校が、「○○くんところは、お金払ってないから、ゴメンね~。」って言うたらしまいの話。アホにあわすな!アホに。アホに合わすから、住みにくい世の中になっとんねん!

 山本先生、宜しくお願いします。

 一昨日、変な体勢で、TV観てたら、寝違えてしまった新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 剣術の稽古できません…(泣)

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たくいた、泉涌寺へ ~その3 戒光寺・久々の幕末紀行!~ [東山]

 昨日、剣術の稽古を終え、風呂で汗を流そうとしたら、オカンに、強制的に、燃えないゴミを手伝わされた新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 短気なオカンのせいで、上は、Tシャツ一枚しか着用を認められんかった…

 たくいた、アホだからか、今日も風邪ひかずに頑張ってます…。

 久々の幕末スポットだゼィ!

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清水寺 [東山]

 黄金週間は、しごと!仕事!
 しかもいつもより忙しい新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!
 今日も、夕方から仕事です。

 このブログ、あんまし、メジャーな観光名所を書かない、幕末紀行なので、今日は、京都でも、かなりメジャーな観光スポット、「清水寺」であります!

 ちなみに、京の四季を愛するたくいたは、この清水さんに、年4回は訪れます!春夏秋冬、それぞれの顔がありますから!京都には。ちなみに、この清水さんは、桜が咲く直前の、2,3日後に着たらよかったという残念なもんなんですが…。

 清水寺をテーマにするからには、ここはれっきとした幕末スポットなのであります!
 
 井伊直弼が、梅田雲濱や吉田松陰など攘夷論者を粛清していった「安政の大獄」。
 清水寺・成就院の住職、勤王僧 月照は、この「安政の大獄」を逃れ、西郷隆盛と薩摩に逃れるも、薩摩藩に拒否され、失望した西郷と月照は、錦江湾にて入水自殺を図る。
 月照は、このとき死んでしまいます。西郷は、蘇生しました…。

 説明、短っ! 平野國臣も出てこない今回の説明。
 当たり前です。僕は新選組隊士ですから!!

 月照が住職を務めた成就院の庭園は、普段、非公開なんですが、機会があれば訪れてください。ものすごくきれいな庭園ですから!

 

 しかし勤王僧とか勤王芸者とかいうけれど、新選組こそ、ほんまもん!の「勤王」集団。武家伝奏、孝明帝に、「攘夷するよう!」と命を受けた京都守護職松平肥後守のお預かりですから!


明保野亭跡 [東山]

 昨日も紹介した木村幸比古先生の「新選組全史」が、詳しくて、面白くて、正直、「幕末紀行」書いてる暇無いんです…。
 でも、書きます。サクッと書いて、読書タイムにするんで、サクッと終わるテーマにしてみました!
 以前書いた「明保野亭」。
 ここでは、龍馬さんや志士が会合に使ったり、龍馬さんの洛中で常宿にしていたといいうことと、新選組が、池田屋騒動の五日後、「明保野亭事件」が起こったことを書きました。

 その明保野亭は、今の産寧坂じゃなく、その北東にありました。

 書き忘れを、一記事にするというセコイ手を使ってしまった…。

 そろそろ読書タイムに戻ります。

 ではでは

 


霊山歴史館 [東山]

 今日は、京都は、雨。
 今年の新選組副長助勤たくいたが、どこか行くと、「雨」…。
 
 雨は壊れたピア~ノさ~♪  そんな気分の新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ…
 
 今日、リニューアル・オープンした「霊山歴史館」に行ってきました!

 霊山歴史館は、日本で唯一の「幕末」をテーマにした博物館です。
 基本は、勤王の志士なんですが、去年、「新選組!」とタイアップしたこともあって、新選組の資料も豊富です。
 鳥羽・伏見の戦いで使用された「誠」袖章
 近藤局長の実際使った「鎖帷子」
 「英名録」
 龍馬を斬ったのに使用された「脇差」などなど…。

 京の都に吹き荒れた天誅の資料など、大変、役立ちました。

 その後、明保野亭で、龍馬さん気分でランチでも食べようと思ったんですが…

  た、高い!

 京のランチは、ボッタくってんちゃうか!?というくらい高い…。

 仕方なく河原町のお気に入りの「パスタ屋」で、済ませました…。

~霊山歴史館の案内~
 ◇開館時間

平日は午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)

夏季の期間、金・土・日祝は午後5時30分(入館は5時)まで
延長しています。

休館日 毎月曜日(祝日を除く)
    年末年始 12月27日~1月3日

※上記は変更される場合があります。

◇入館料

<常設展の期間>
大 人 500円
高校生 300円
小中生 200円
(団体20人以上の場合は大人は100円引き、他は50円引き)

<特別展の期間>
大 人 700円
高校生 400円
小中生 300円
(団体20人以上の場合は各100円引き)

 帰り木村先生の「新選組全史」という本を買いました。最近、新選組の小説より、こういう学術書の方が、お気に入りです。小説は「ウソ」が多いんで、こういうブログを書くとき、逆に支障になるんだよね(何故か、標準語)。しかも、ここで買うと、木村先生のサイン入りなんだよね!

新選組全史 天誅vs.志士狩りの幕末 講談社選書メチエ 303

新選組全史 天誅vs.志士狩りの幕末 講談社選書メチエ 303

  • 作者: 木村 幸比古
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/07/10
  • メディア: 単行本



霊山護国神社 ~今も、龍馬が京の街を見守る~ [東山]

 明日、正確には、今日、姫路巡回行ってきます!新選組副長助勤たくいたです。
 袖に、「誠」袖章をしている、もうそろそろ散髪行った方がええんちゃうん!?(土方歳三ヘアー)いう頭で、歩いている男がいたら、それは僕です!姫路の皆さん!姫路に観光に来られた皆さん!よろしくです!!

 今日は、「霊山護国神社」。「維新の道」という、なんてことない坂道を上ると辿り着きます。
 結構、京の街を見廻りしている時は、新選組グッズを身につけているんですが、ここに来る時は、さすがにそれらを隠します。
 新選組副長助勤という新選組の人間だけに、恐縮しながら、ピリリと背中に緊張感が走るのを感じながら、ここに来ます。新選組の人間というより、一人間として来なければ、ここは、来にくいですから・・・。

 霊山護国神社は、明治元年に、明治維新の誕生に尽くした志士たち 1043名が祀られています。天誅組の人間から桂小五郎や、池田屋騒動で死んだ志士たちも眠ってます。
 また、ここには、坂本龍馬や中岡慎太郎も、ここに眠ってはります。

 墓石は、撮影しないので、アップしません。悪しからず!

 龍馬さんの前から見える、洛中を撮りました。
 今も、龍馬さんは、こうして京の都を眺めてはるんでしょう。

 新選組をはじめ、幕府が中心になって攘夷をすすめればいい!と考えた人達もそうやし、ここに眠る志士たちも、日本の為に殉じたことには変わりない。
 こうした先人の「死」というものの上に、今の日本と、豊かになった生活があるんだな、と痛感する。
 しかし、最近の世の中を見ると、こうした日本に命を捧げた人達に顔向けできない。一人でも、多くの人間が、幸せにならないと、彼らの死が無駄死にになってしまうんじゃないか!?

 ここに来ると、なんかそんな気になる。

 参拝料 300円。

 もう遅いんで、寝ます!


翠紅館 ~桂小五郎、久坂玄瑞らが会合を開いた屋敷~ [東山]

 今日は、バレンタインで、仕事遅くまで頑張った新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!
 疲れた~。
 今日は、志士スポットですので、サクッと行きます!

 翠紅館。
 霊山護国神社へ向かう、「維新の道」という、なんてことない坂道の手前にあります。

 翠紅館は、西本願寺所有の屋敷(ほんで新選組は、西本願寺に屯所造ったんやね!)で1863年(文久3年)年1月に土佐藩武市半平太、長州藩井上聞多、久坂玄瑞など、また同年6月には長州藩桂小五郎、久留米藩真木和泉守などの反幕府勢力の各藩志士代表者の会議がもたれ,攘夷の具体策が検討されました。これを世に翠紅館会議と言います。

 そんな説明がなされておりました。

 メンツを見る限り、結構、過激派揃いだな~。多分、ろくな話もしてないんだろう。でも、この頃、「新選組」出来てないから、取り締まりようもないんです…。
 局長も、江戸で道場してますから・・・


明保野亭 ~坂本龍馬、新選組 ゆかりの~ [東山]

 明日はセール!
 きばって仕事せな…。
 そんな新選組副長助勤たくいたのブログへようこそ!

 今日こそは、「休肝日」にしようと思ったんですが、誘惑に、あっさり敗れて、飲んでます…。

 明保野亭。
 ここは、新選組が好きな人にとっても、志士が好きな人にとっても、坂本龍馬が好きな人にとっても、訪れなければならない幕末スポットです!
 新選組のことで、ゆっくり説明したいので、サクッと紹介すると。。

 志士。ここで、よく会合開いたそうです。 -以上。

 坂本龍馬さん(何故か「さん」付け)は、伏見では、「寺田屋」を常宿にしていたので有名ですが、洛中では、ここを常宿にしていたそうです。とすると、龍馬さんは、ここで泊まって、清水寺とか高台寺とか行ったんかな~、とちょっと浪漫に浸ることができる。

 新選組にとっては、悲しい場所なんです。。

 元治元年、六月五日、池田屋騒動で、長州のクーデターを未然に防いだ五日後の、六月十日、長州の浪士たちが、明保野亭に潜伏している!との情報が入り、武田観柳斎ら新選組と会津藩士二十名が、出動する。明保野亭に到着して、一階を捜索するも異常なし。二階を捜索すると、逃げようとする男が二名いたので、捕らえようとすると、一人が抜刀した為、会津藩士 柴司が、槍でこの者を突き倒した。捕らえてみると、この男は、長州藩士ではなく、土佐藩士 麻田時太郎だった。
 当時、土佐藩と会津藩は、友好関係にあったが、一触即発の危機に陥る。
 会津藩は、柴の行動は、正当な職務遂行としながらも、謝罪しに、土佐藩に行くと、土佐藩は、麻田を、「士道不心得」で、切腹に処した。そのため、十二日、会津側も、柴司を、介錯は柴の兄で、切腹に処した。
 このことで、土佐と会津は和解したのですが…。
 
 柴司の葬儀に参列した、土方副長、井上源三郎さんたちは、声を上げて泣きながら、柴さんの死を悼んだという・・・・

 今考えても、何で!?書きながらも、何で!?と思うのですが、当時は、こうしないと、解決をみなかったのでしょう…。

 しかし、ここに来る度、勝てば官軍だなって感じる…。こんな悲しい出来事があったのに、ここには、志士のことしか説明されていないのだから…。

 だけど、新選組は、決して「賊軍」じゃない!

 
 


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